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MSW(医療ソーシャルワーカー)が資格化されなかった事情 [社会福祉]

通信教育で、社会福祉士の養成課程を受講している。既に社会福祉主事の任用資格を持っているので、短期養成課程(9カ月)も選べるのだが、あえて一般養成課程(18カ月)を受けている。

福祉の分野の国家資格「社会福祉士」「精神保健福祉士(PSW)」「介護福祉士」を三福祉士と言うらしい。社会福祉士は、福祉の業務全般を扱うジェネラリスト。精神保健福祉士と介護福祉士は、それぞれ精神障害者・要介護者の分野というスペーシフィック(分野限定)なもの、という区分けなのだが・・・。


まあ、介護を別にしたのは分るのだが、社会福祉士とPSWが別なのはどんな理由があるのか。それから、教科書には「医療ソーシャルワーカー(MSW)の国家資格化に失敗した」とい記述が出てきたりするのだが、その事情についても、非常に歯切れの悪い説明しかなく、読んでいてとてもモヤモヤしたのである。

スクーリングの先生が、若い頃にMSWの資格化の運動をしていた、と話されていたので、休み時間にその事情についてダメ元で質問してみた。すると、短い10分の休み時間をまるまる使って話をしてくださった。その内容を私が忘れてしまわないように、ここにメモしておくことにした。

ソーシャルワーカーの人たちは、戦後長いことソーシャルワークの国家資格制定を国に働きかけてきたそうだ。街頭で署名活動を行うなど地道な努力をしたものの、福祉の資格を新設するという話にはならなかった。当時の公的な資格は、公務員が取る社会福祉主事と、保育園の保母の二つだけだったにも関わらず。

社会福祉士の根拠法(社会福祉士および介護福祉士法)は1987年に制定されたが、そのしばらく前に、東京で世界的なソーシャルワーカーの大会が開かれ、世界的権威がごぞって日本にやってきた。当然厚生省の大臣も大会で挨拶をしたのだが、そこで「日本にはソーシャルワーカーの国家資格がない」ということを指摘され、大恥をかいてしまったのである。

その厚生大臣(斉藤十朗)が「国家資格を新設する」と言い出したことで、法制化が急速に進みだした。ソーシャルワーカーの業界団体では、資格は4年制大学での教育を前提に考えていた。専門性を担保するにはそれぐらいの教育は必要だろう。

一方、医師や歯科医師は大学で6年間の教育を受ける。そして、看護師などの医療職は、高校3年(+専門学校)で教育を受け「医師の指示の元で」業務を行う。だから、医療の中にソーシャルワーカーの資格を作るのならば、高卒の資格で、医師の指示の元に動くことになる、というのが厚生省の意向であった(圧力団体である医師会の意向とも言えるだろうが)。

つまり
 ・医療の外――大卒の社会福祉士
 ・医療の中――医師の指示の下で動く高卒の医療福祉士
という二本立てにするのが厚生省の案だった。

これに対して、業界団体は一本化にこだわった。(戦後の長い時間をかけて、ジェネラリスト・ソーシャルワークという考えが主流になってきた時代だったことも影響しただろう)。


しかしながら、業界団体は一枚岩になることができなかった。病院の外の社会福祉士という資格を受け入れた団体があった一方で、医療ソーシャルワーカーの団体はあくまで一本化にこだわった。厚生省は医療ソーシャルワーカーと言う資格案を引っ込めてしまった。業界が反対したから、という理屈である。

国家資格は、国と業界団体の調整がつかなければ法制化されないのが慣習になっている。なぜなら、国が単独で法制化しても、業界団体の協力が得られなければ資格が運用できないからだ。国としては、業界団体が反対している以上、資格を作るわけにはいかない、とうことになってしまう。

そして言わずもがなだが、一度そうやってこじれてしまうと、仕切り直して、というわけにはいかないのである。

そして、1990年代になって、精神保健法が改正され、精神病院の社会的入院を解消するために精神保健福祉士(PSW)の国家資格を作ることになった。これも揉めたが、最終的には大卒の福祉職として国家資格化に成功している。PSWは、精神障害を持った人が、病院を退院して社会で暮らしていくサポートをするという扱いだ。

先生は、業界が一枚岩になれなかったことを残念がりながらも、後から考えれば、あの時MSWを国家資格化しておいたほうが良かった、ともおっしゃっていた。

なぜ、そのほうが良かったのか、については(10分間の休み時間では)聞くことができなかったので、自分で調べてみた。ネットで検索すると、こんな論文が見つかった。

福祉系国家資格制定過程の研究 ――「専門職」形成のメカニズム/京須希実子
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssvte/36/1/36_KJ00009203317/_pdf

厚生省は、福祉と医療に職域を分け、社会福祉士と医療福祉士という二つの資格を作るという「二本立て」を考えていた。社会福祉士は職域が医療ではないので、「医師の指示を受ける」必要が無く、それについて条文化もされなかった(医療職を扱った保健師助産師看護師法には「医師の指示」についての条文がある)。

医療福祉士制度ができなかったので、医療分野で働いているソーシャルワーカーの人たちは、社会福祉士を取得して医療機関で働く、という選択をせざるを得なかった。

話は脇に逸れるが、社会福祉士が福祉職であるため、(当時は)医療機関での業務が実務経験とは認められなかった。だから初期に社会福祉士を取得した人たちは、病院での仕事を休んで福祉施設で実習を受ける必要があった。資格が一本化されていたら、あるいは、MSWが資格化されていたら、そんな苦労は要らなかったのに。

医療福祉士が資格化されなかったとしても、医療職として働くソーシャルワーカーが増えれば、そこにガイドラインが必要になる。国が2002年に定めたガイドラインがある。

医療ソーシャルワーカー業務指針
http://www.jaswhs.or.jp/upload/Img_PDF/183_Img_PDF.pdf

これには、「医師の指示」という項目が多く出てくる。医療から独立した社会福祉士という資格を取得しても、病院で医療職として働くのであれば、医師の指示を受ける立場に置かれる。厚生省の意向通りにMSWの国家資格化を受け入れていたのと同じ結果になっている。

一方PSWは、福祉と医療の両方にまたがる資格を目指したが、どちらの領域の団体からも「新しい資格は不要」と反対を受けた。医療からは押し出されて福祉職になったので本来だったら「医師の指示」という項目は要らないはずなのだが、精神障害者に主治医がいる場合にはその「指導」を受ける・・と、「指示」より若干ニュアンスが弱い「指導」という言葉を使いながらも指示関係は残った。資格の成立を優先させた、という印象だ。

MSWの資格化されなかった事情も分ったし、社会福祉士とPSWが別になっている事情も分った次第だ。福祉の分野の人たちは、高い理想を見上げているがゆえに足下の現実の落し穴にはまる、ということがあるように思われる。

なお、上記の論文に寄れば、社会福祉士が「名称独占」であって「業務独占」にならなかったのは、既に公務員に社会福祉主事という資格があったからだそうだ。
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