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社会福祉士試験 合格基準105点の衝撃 [社会福祉]

このブログは、もともと依存症の回復支援と社会福祉を扱うつもりで始めたのだが、福祉や心理の資格の話題ばかりになってしまった。私自身は仕事の都合で今回の精神保健福祉士の試験を受けることができず、受験手数料18,820円が無駄になってしまった。

■ 社会福祉士試験 合格基準105点の衝撃

さて、今年(2022年)2月の社会福祉士試験の合格基準は105点だった。

合格基準は「問題の総得点の60%程度を基準として、問題の難易度で補正した点数」と決められている

満点は150点だから、その60%は90点だ。だが、現行のカリキュラムになった2011年以降、合格基準が90点だったことは一度もない。問題の難易度による補正が毎年行なわれてきたのである。

社会福祉士試験の合格基準の推移
合格基準 合格率 受験者数 合格者数
2010 第22回 84 27.5% 43,631 11,989
2011 第23回 81 28.1% 43,568 12,255
2012 第24回 81 26.3% 42,882 11,282
2013 第25回 72 18.8% 42,841 8,058
2014 第26回 84 27.5% 45,578 12,540
2015 第27回 88 27.0% 45,187 12,181
2016 第28回 88 26.2% 44,764 11,735
2017 第29回 86 25.8% 45,849 11,828
2018 第30回 99 30.2% 43,937 13,288
2019 第31回 89 29.9% 41,369 12,456
2020 第32回 88 29.3% 39,629 11,612
2021 第33回 93 29.3% 35,287 10,333
2022 第34回 105 31.1% 34,563 10,742


■ 試験の難易度の調整はどう行なわれているか

公認心理師試験の難易度の回で、公認心理師試験の問題について検討した。その結果、試験問題は概ね

 1) ほぼ全員が正解できる易しい問題
 2) ほぼ全員が分からない難問(正答率はサイコロを振ったのと大差ない)
 3) 正答率が6割ぐらいの良問

の3種類に分類できた。試験の難易度は1)と2)の比率を変えれば調整できるが、この二種類の問題だけでは試験を課す意味がなくなってしまう。学んだ人が正答し、そうでない人は間違えるように3)の問題を中心に構成すればよいが、このような良問を作ることは難しい。しかも「過去問暗記すれば受かる」という試験にしないためには、良問を毎年作り続けねばならない。結局この三種類の問題を混ぜて出題せざるを得ないのだろう。

社会福祉士試験の問題に同様のデータを公表しているところは見当たらないが、事情は同じだと推察できる。

試験を貸す側は難易度を適度に調整しようと試みているが、調整しきれずに変動してしまうのは(ある程度は)やむを得ないことなのである。

■ 年度間の難易度の公平性

難易度が変動する場合、合格基準を90点に固定してしまうと、ある年は試験が易しくて多くの人が合格し、別の年には難しくて多くの人が落ちる、という現象が起きてしまう。それでは不公平だという批判が起こるだろう。

何らかの手段で公平性を担保する必要がある。その手段の一つが「合格基準を難易度で補正する」ことだ。では、難易度はどうやって計測したら良いのだろうか?

社会福祉士試験には毎年3万人から4万人が受験してきた。合格した人はもう受験しないし、不合格だった人のなかにも翌年の受験を諦める人もいる。一方で、新たに受験する人たちが現れる。つまり受験者は部分的に毎年入れ替わっていく。それでも、受験者全体の学力は、大きく変動しないはずだ。もちろん、10年というスパンで見れば変動は起こりうる(例えば福祉系大学を受験する人たちの層が変わるなどで)。しかし、去年と今年でがらりと変わるということは考えにくいのである。

であるならば、合格率を一定に保つことで年度間の難易度の差を吸収し、試験の公平性を保つことができる。これが、難易度補正の理屈であろう。

社会福祉士試験の合格基準と合格率
■ 合格率の変遷

グラフを見ると、合格率は2018年(第29回)までは26~28%で推移してきた(2014年を除く)。2019年以降は30%前後である。2018年→2019年のときの不連続性を除けば、「合格率を一定に保つことで調整を行なってきた」ことがうかがえる。

毎年合格率が大きく変動するのはいただけないが、合格率を微調整することも必要だろう。社会福祉士試験は、世の中に社会福祉士を供給する役割を負っている。リタイアなどで社会福祉士としての仕事を辞めてしまう人たちもいるのだから、社会福祉士の総数を一定以上に保つには、供給量をコントロールする必要がある。

社会福祉士試験の受験者数は2018年(第29回)の45,849人をピークに減り続けてきた。2022年(第34回)は34,563人で、これはピークから25%の減少だ。合格率を変更しなければ、合格者数もそれに合わせて減ってしまう。合格率を30%に上げたのは、需給のバランスを保つためなのだろう。

2014年(第25回)は、合格基準が72点と極端に低かった。だが、合格率も18.8%と低かったのである。もしこの時に合格率は従前どおりに26~28%に保とうとしたら、合格基準はさらに下がって60点台になってしまっただろう。そのような大きな変動は好まれないだろう。そのため、合格率を下げてでも、合格基準を72点と比較的高く保ったのだと推察できる。だとすれば、この年に受験した人たちは不運だったと言える。合格率を下げたおかげで、例年通りの試験だったら受かっていた人たちが落ちたはずだからである。つまり、年度間の公平性が保たれなかったのだ。

2019年(第30回)は、合格基準が99点と、それまでで最も高くなった。また合格率も30.2%へと上昇した。この数字を見て、私は「2014年と逆で、合格率を26~28%に保とうとすると合格基準が100点を超えてしまうので、合格率を上げてでも基準を100点未満に抑えたのではないか」と考えた。同じことを考えた人もいたようで、この年の合格者は質が悪いなどと陰口をたたかれたという話も聞いた。だが、翌年以降も合格率が元に戻ることはなく30%前後を保ち続けたのである。

というわけで、外れ値であることが明確なのは2014年の72点のみだが、合格基準の極端な変動を抑えようと合格率を変更すると、試験の公平性が失われてしまう、という難点があることが分かる。

■ 合格基準の変動に振り回される人たち

2018年(第29回)までは、合格基準はすべて90点未満だった。だから「90点取ればギリギリ大丈夫。95点あれば余裕だろう」と言われていたそうだ。ところが、2019年にはこの前提は崩れてしまった。100点取らないと安心できないと言われるようになった。

それでも、99点(や72点)という外れ値は、頻繁にあるものではないという予想もあった。実際、翌年以降は89点・88点・93点とほぼ90点前後に調整され、「95点あれば大丈夫だろう」と考えた人も多かったはずだ。

このような「○点あれば大丈夫」というのは、目安としては役に立つが、合格発表を見たら基準が100点以上でがっくりした、ということにならないためには、あまりそういうことを言わない方が良いし、また聞いても信じない方が良いであろう。

■ 2022年(第34回)の105点は妥当か?

第34回の合格基準は105点。合格率は31.1%だった。もし合格率を30%にとどめようとしたら、合格基準は106点か107点、ひょっとすると108点になっていたのかもしれない。合格基準の極端な変動を抑えようと合格率を約1%上げたのだとすれば(もちろん憶測でしかないが)、例年通りの試験だったら落ちていた人が受かったという可能性はある。

それでも合格率31.1%が妥当な範囲内だとするなら、合格基準105点も妥当だと言える。

ただ、基準となる60%からは15点も離れてしまっている。これは2014年の18点に次ぐ、二番目の値である。それでも、この値を採用したのは、合格基準が60%から離れようとも、合格率の変動を抑えたからだろう。そのほうが、公平性が保てるからだ。

■ 社会福祉士会とソ教連のコメント

今回の合格基準について、日本社会福祉士会、日本ソーシャルワーク教育学校連盟(ソ教連)から声明が出されている。

「社会福祉士国家試験の在り方に関する意見」を提出しました - 日本社会福祉士会
https://www.jacsw.or.jp/information/2022-0324-1147-18.html

第34回社会福祉士国家試験の合格基準について(会長談話) - 日本ソーシャルワーク教育学校連盟
http://www.jaswe.jp/seimei/20220322_danwa_34th_shakaikokushi.pdf

社会福祉士会のほうは、大幅な補正は受験者が混乱するから困るよというクレームになっている。それはそうだろう。極端な補正はないのが望ましい。

ソ教連のほうは、もし上位30%ラインでの基準調整がされているなら、それを廃して6割程度以上を得点した者はすべて合格とすべしという意見を述べている。たしかに、国家試験のなかには、合格基準が固定されていて難易度調整が行なわれないものもある。

看護師の試験は、250点満点で、合格基準は140点ぐらいから170点ぐらいを変動している。合格率は全体だと90%程度(新卒に限れば約95%)であり、合格率を一定に保つ調整が行なわれている(合格率は看護師の需給にあわせて毎年若干調整されるというが)。合格率の高さから、看護師試験は優秀者を選抜するのではなく、最低限の知識を備えた人をひろく合格させる仕組みになっている、と言える。(ちなみに、医師の国家試験の合格率は全体で9割程度、新卒だと95%程度で、合格基準は科目にもよるが7~8割だ)。

ソ教連のコメントは、合格基準の変動にクレームをつけているようでいて、実は「3割しか合格させない」という合格率の低さへのクレームになっている。

背景にあるのは、福祉系大学への進学者の減少だろう。2010年(第22回)の社会福祉士試験に大学新卒で受験した人は14,199人だった。それが、ここ数年は8,000人を少し越える程度にまで減少しているのだ。4年制の大学を卒業しても、国家試験に3割(新卒だと5割)しか合格できないのでは、高校生が進路として選ぶのはためらわれるだろう。

それでも、看護師や医師はその資格を持った者しか従事できないという「業務独占」であるのに対し、ソーシャルワーカーは資格がなくても従事できるという違いは無視できない。

結局これは、合格率の低さという単純な問題ではなく、業務独占ではない社会福祉士資格をどう運用するかという政策上の問題であることがわかる。つまり、日本にソーシャルワーカーをどれだけ存在させ、その何割に国家資格を持たせるか、という問題だ。

ソ教連の主張は、合格者数をもっと増やすべきだということになるが、はたしてどうなるのだろうか。

また、公認心理師の資格については、社会福祉士資格と似たところがある。これまで区分D2で受験した人たちの合格率は65%程度だ。大学院までいったのに、3分の2しか合格できないという厳しさである。業務独占ではないのも同じだ。心理系の大学・院が今後どれだけ学生を集められるのか、ちょっと心配になるぐらいである。(ちなみに、臨床心理士試験の合格率も6割ぐらいである)。

2023.3.14 表およびグラフの間違いを修正した。
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