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アメリカにおける脱施設化の失敗 [社会福祉]

torrey.jpgPSWの短期養成講座も半分を過ぎ、前半のレポート6本と、スクーリング合計7日のうち2日をこなした。

■進まない日本の脱施設化・地域移行

PSWの勉強をしていると、当然「長期入院患者の地域移行がなかなか進まない」という話題が出てくる。

日本の精神病床数は33.8万床(2012年)。人口千人当たりのベッド数は2.7床(2014年)である。ただ、ベッド数はベルギーが1.7床/千人なので、極端な突出というわけではないが、平均在院日数は、他の国がせいぜい二桁なのに対して、日本は292日(2012年)とまさに「桁違い」に長いのである。

日本の精神病床は、1950~60年代の社会防衛的な政策によって急増した。アメリカにおいて精神病床が増加したのは19世紀後半から20世紀半ばであり、日本はその後を50年遅れで追いかけ、そして半分の期間で追いついたわけである。

ところが、アメリカでは1963年にケネディ大統領による政策の大転換が行なわれ、患者の退院を促進し、州立病院を廃院にするという「脱施設化」が始まったのである。そしてこれは強力に推し進められた。上のグラフは、脱施設化によって精神科病院の入院患者数が急速に減少した様子を表している。

日本でも20世紀の終わり近くになると、入院の長期化が問題とされ、脱施設化と地域移行を進めることになった。PSW(精神保健福祉士)という資格ができたのも、そのためだと言っても良いぐらいだろう。しかし、日本の場合には、入院患者数はあまり減っていない(ピーク時に対して15%ほど減じたのみ)。

■失敗と評されるアメリカの脱施設化

日本で脱施設化がなかなか進んでいないのは事実であるが、はたしてアメリカの脱施設化は成功だったのだろうか。

レポートを書くために統合失調症の本を読み直したなかに、E・フラー・トーリーの『分裂病がわかる本~私たちはなにができるか』があった。書名から分かるとおり、この本を買ったのは20年ほど前である。知人の息子さんがこの病気になり、相談を受けたときに参考のために買ったのがまだ手元に残っていた。現在は書名が『統合失調症がよくわかる本』と改められ、内容も改版されている。

この本の中でトーリーは、アメリカの脱施設化は「20世紀アメリカにおける最大の失策」であり「破局をもたらした」と評している。なぜ本来ならば人道的で合理的な政策であったはずの脱施設化が、非人道的な結果を引き起こしてしまったのか。トーリーは、その理由を六つ挙げている。
  1. 入院が精神疾患を作り出しており、退院させさせれば良くなる、という素朴な考え
  2. 病院から地域への財源移行の失敗(労働組合と議員の活動によって州立病院の雇用者数はむしろ増えた)
  3. 地域精神保健センターの失敗(789ヶ所に設立されたセンターのうち、退院患者の面倒をみたのは5%のみだった)
  4. 弁護士の破壊的な力(退院訴訟を起こすことに献身した弁護士たちによって、治療を受けない「自由」を勝ち取った人たちがホームレス化した)
  5. 精神疾患の専門職不足(精神保健では無く、精神疾患の専門職の養成がおざなりにされた結果、地域に出た人々が専門家を利用できなかった)
  6. 退院を望んだ州側の事情(財政上の理由で、州立病院を空にしたい動機があった)
つまるところ、受け皿の体制が整わないまま、地域移行を推し進めてしまった結果として、多くの人がホームレスになってしまったというわけだ。政策の失敗は、最も弱い人たちに、最も過酷な結果をもたらすのである。

財源を移行させるためには、その財源によって雇われてきた人たちを、別の仕事に就けなければならない。だが、それは容易なことではない。例えば、日本においても公共事業の土木工事に携わっている建設労働者の人たちを、公共工事を減らしますから介護職に転職してください、と言っても簡単に移れるものではなかったのである。同様に、州立病院で雇われていた人たちを、廃院にするからと別の職場・別の職域に移そうとしても、すんなりいくはずはなかったのだ。

■実態を見極めずに理想化してはいけない

日本の入院患者の平均年齢は次第に上昇しているという。これについては、「退院できないまま高齢化が進行している」という話と、「空いたベッドに認知症のお年寄りを入院させているから」という説明を聞いたのだが、統計データからそれを判別するのは難しい。

もちろん、入院の長期化を是とするわけにはいかない。地域移行は進めるべきだ

しかしながら、他国の政策をその実態も調べずに理想化するのは控えたほうが良さそうだ。変化というものは、急激であるよりも、「ゆるやかに、だが着実に」というのが良いだろうし、時には立ち止まって、問題が生じていたら、逆戻りしてやり直す勇気を持つべきだろう。(だが、官僚も政治家も、自ら間違いを認めることは滅多にない)。

地域の受け皿を増やすにはどうすれば良いか、というのも簡単な話では無いが、すくなくとも地域移行に必要な重度訪問介護の点数が少なすぎるために、それを担う事業者が増えてこないということは言えそうだ。
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